<八高つれづれ草子> 第28回
上X国語翁
【 つまりはこの重さなんだな 】

「つまりはこの重さなんだな」というフレーズに覚えのある方は、文学好きな方、国語がお得意だった方でしょうか。
高校国語の定番は、芥川龍之介『羅生門』・中島敦『山月記』・夏根漱石『こころ』など、いずれも大正から昭和初期の小説。そして梶井基次郎の『檸檬』も。このセリフ「つまりはこの重さなんだな」は『檸檬』の主人公のものです。
梅雨の長雨、たまに高校生に戻って、昔の小説もよいかと。
「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終おさえつけていた。・・」に始まり、丸善にレモン爆弾を置いていくシーンで終わる短編。『檸檬』は大正13年の作、100年前、梶井基次郎は23歳、まだ学生で、小説の主人公にほぼ重なる生活だったようです。

小説に散りばめられる印象的な表現にひかれます。重苦しい生活の中で「見すぼらしくて美しいもの」に安らぎを感じる主人公が「果物屋固有の美しさ」の店で1個のレモンを手にする。そのとき湧き上がる喜びが「つまりはこの重さなんだな」です。
「疑いもなくこの重さはすべての善いものすべての美しいものを重量に換算して来た重さ」、レモンを手にした主人公は「なにがさて私は幸福だったのだ」ということで、レモン爆弾で丸善を空想爆破といういたずらへと展開します。
僕はこの作品を授業するのが「なにがさて」楽しくて、必ずレモンを持って教室に行ってました。教師の好みの押し売りで、生徒はいい迷惑です。


京都に行くと僕のようなミーハー国語教師は「二条寺町」を探し、小説のモデルになった「八百卯(やおう)」という果物店、平成23年まで130年続いた老舗の跡地を尋ねます。行くと、二条通りと寺町通りの出会うその街角、さすがは京都で、『檸檬』ではなく、さらに200年をさかのぼった、江戸元禄の井原西鶴の句碑だけがあります。
「通い路は 二条寺町 夕詠(ゆうながめ)」

一方、レモン爆弾の標的となった、こちらも老舗の丸善の河原町通り店は、平成17年の閉店の後、現在は河原町「京都BAL」で復活、営業中とのことです。
梶井基次郎の写真、どうも高校時代の自分と似てる気がして並べました。
ネットの「青空文庫」に梶井基次郎『檸檬』が出てきます。主人公とともに、現実の重さから一瞬の解放・・・久しぶりに高校の教科書を開く気分はいかがですか。


高校27期 上掛靖良
※ 資料写真はネット上からの借用です

