<八高つれづれ草子> 第29回
上X国語翁
【 八高部活のおはなし 】

八高現役の3年生監督の映画『バックスタバー』が完成、小倉昭和館での試写会も開催され、テレビや新聞にも取り上げられて話題です。新時代の新しい八高生の活躍がまぶしい感じです。
ところで八高部活の歴史をみてみると、昭和30年代の卒業アルバムには「映画部」が存在。これは新しいんだか古いんだか。今回は八高部活のお話です。記念誌などをたよりに書いています。不確かなこともどうかご容赦を。
さて八高史上もっとも古いのは何部でしょう。
記念誌に残る部活欄や写真を見る限り、庭球・剣道・柔道・陸上などは草創当時からあったようです。部活写真として卒業アルバム初登場は大正15年の<庭球部>です。



昭和10年頃、30年頃、平成元年頃の卒業アルバムを見比べます。このいずれにも見られる古く長い部活は・・・・文芸・園芸・音楽・山岳・野球・陸上・水泳・バレー・バスケ・テニス・柔道・弓道・・・・のようです。(GHQは「武道=軍国主義の象徴」とみなし、武道関係部は学校教育から完全に排除され、戦後、柔道・弓道は約5年、剣道は約8年禁止でした)
八高部活クイズです。「映画部」もやや驚きですが、次にあげる部活は、本当に八高に存在したかどうか、〇✕でどうぞ。
ホッケー部・珠算部・拳闘(ボクシング)部・談話部・相撲部・ラッパ部・射撃部・速記部・馬術部・海洋訓練部・滑空(グライダー)部
・・・では正解を申し上げます。
実はこの全部、アルバムに写真の残る八高に存在した部活です。





いつの時代にも県大会、九州大会、全国大会で活躍した部がありますが、多すぎて書けません、お許しを。平成、令和で八高からの全国大会「常連」と言える部活は、新体操部男子、放送部、バレー部ビーチバレー、でしょうか。九州大会や全国大会では、その地元の誠鏡会のみなさんが応援に駆けつけてくださいます。



僕は柔道部で、現役時代は県大会まででしたが、教師としても長く八高柔道部にかかわり、一度だけ女子選手が全国大会に出場を果たし、あこがれの日本武道館に副顧問を連れて行ってくれました。平成22年です。彼女はベスト16まで勝ち進みました。
そのとき満員の日本武道館に響き渡る大音声でエールをきる高校応援団が二校だけありました。嘉穂高校と八高です。八高は関東誠鏡会の先輩による学生服姿の剛毅な応援でした。

授業のことはサッパリですが、部活のあの頃を語りだせば、語り切れないほどのあれこれが溢れます。青春のかけらと言おうか、人生の宝物と言おうか。若き日の自分や仲間の姿が思いがけない鮮明さで、そこには甦る気がします。
高校27期 上掛靖良

