<八高つれづれ草子> 第27回

                              上X国語翁

【 伊豆と八高 】

大学の同窓会で久々の東京へ、その前日に伊豆修善寺に寄り道しました。今回は、伊豆と八高、ここにもちょっと縁があるというお話を。

修善寺は一度行ってみたかった所で、夏目漱石の「修善寺の大患」として文学史に出てくるところです。43歳の漱石が大病を患い、生死をさまよいつつ3か月あまりをここで過ごしました。

現在も営業する漱石滞在の宿はたいへんな高級旅館。高級すぎてそこには泊まれませんが、その宿のほとり、温泉地を流れる桂川沿いに、漱石の気分で夕暮れまで散策、お寺、神社へのお参りなどです。

漱石は、修善寺のお寺が鐘の代わりに太鼓を打つのに驚き、「最も無風流な最も殺風景な音」、大病に苦しみ眠れない床でじっと聞く寺の太鼓を「愛想のない音は、水に落ちた石のように、急に夜の中に消え・・」そんなことを書き留めています。

さて八高つながりはどこか。

新幹線で「三島」乗り換え、伊豆箱根鉄道で修善寺に向かうと、まもなく「韮山(にらやま)」駅となる。お分かりですか。昭和25年八高が甲子園で対戦、強雨の9回に逆転サヨナラ負けを喫した韮山高校の地元というわけです。

もう一つは製鉄・世界遺産のつながりです。

韮山には、幕末に大砲を鋳造するために造られた反射炉(溶鉱炉)があります。2015年、韮山反射炉と官営八幡製鐵所・旧本事務所は、同じ世界遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産に登録されています。地元駅には世界遺産登録をアピールする飾りつけがあざやかです。

もうひとつ。

この反射炉を造った韮山の代官が幕末の兵学・洋学の開拓者、江川太郎左衛門。そして、この人物を敬愛し、彼の言葉を学校教育に活かそうとしたのが、我らが初代校長・芹澤政衛先生ということです。

このことは創立80周年記念誌に黑光校長先生が「ごあいさつ」の中で詳しく説かれています。芹澤校長が教示した江川の言葉は「敬慎第一 実用専務」。・・慎み深く、影日向なく努力し、実践を重視、適材適所に一切を生かす・・ということのようです。

静岡県で最も古い伝統校、韮山高校は、この江川太郎左衛門を学祖と定め、彼の座右の銘「忍」の一字を校訓としているとのことです。八高は「誠」「鏡」。ともに伝統校ならではの大胆な校訓、たいへん短い、潔い校訓つながりでもあります。

高校27期 

上掛靖良

韮山反射炉・江川太郎左衛門の写真はwebからの借用です。