<八高つれづれ草子> 第20回

上X国語翁 

【 やがて海を見る桜 】

この春も桜の便りがあちこちから。いい季節です。

八高には今も昔もいい桜の景色があります。ここが学校でなければ、どれほど酒の旨い花見ができたことか。さて八高の桜のお話。

今回は清田校舎の中庭の桜です。

この時期になると、僕はどうしてもこの中庭の桜の話を誰かにしたくなり、クラスや学年の通信に何度も書いてきました。その通信文をどうぞ読んでいただきたく。

『やがて海を見る桜』(抜粋)

八高にはいくつかのおすすめがある。その一つが、3階の渡り廊下である。自分が、八高生だった頃から、僕はここが気に入っていた。1年2年と上がってきて、3年生だけに許される風景がこれである。ここからの景色がいい。見下ろす感じもいい。頭の上が、空まではるかに抜けているのもいい。・・・

 そしてお気に入りがもう一つある。「やがて海を見る桜」である。

 僕の高校時代は、清田校舎が出来たばかりの時期で、中庭には、樹木らしきものはほんの数本で、植えられた芝生も、まだ上手く根付かないころ。殺伐とした中庭の土手に、何本か桜の苗が植えられていたのだろう。その桜が、今こんな巨大な桜になった。・・・

 植えられて30年を過ぎるくらいでこの桜は特別棟の4階の高さに届いた。

僕はずっと思っている。桜は外の世界を見ることの出来ない中庭に植えられた。しかし、その桜が年月を経て、やがていつか特別棟屋上の高さを超してグラウンド越しに、はるか七条、戸畑越しに、玄海の海を見るのだ。

 この後20年30年、君らがけっこうな大人になって、この校舎がまだあれば、ひょっとしてこの桜は本当に海を見ているかも知れない。しかし「やがて」は「やがて」のままでも良い。想像出来るその姿がいいのだ。

 目に見えるものを現実と言う。目に見えないが、そこに想像できる何かが「浪漫」。人生目に見えるものばかりが大事なのではない。「大切なものは目には見えない」というのは、『星の王子様』の言葉。  

 君ら自身もまた「やがて海を見る桜」だ。[了]

特別棟の4F、物理教室や美術室、音楽室からは海が見えるんです。その海をこちらの閉ざされた中庭に育った桜も、いつかやがて見ることができるんじゃないか、3Fの渡り廊下でぼーっと思いついたのは、40歳くらいの自分でした。

清田校舎とともに、この桜もおそらく樹齢50年をこえます。

「やがて海を見る」というフレーズが、生徒たちや自分自身を心地よく元気づけてくれるような気がして、こんな文章を何度も書いてきました。笑読、感謝。

高校27期 上掛靖良