<八高つれづれ草子> 第23回
上X国語翁
【 校長室と河内ダム 】

河内の桜も終わりまもなく新緑の季節へ。
八高と同じく、こちらも1世紀を経過する河内ダムは、ヨーロッパの古城の風情を持ちます。漢語を彫りつけた石のプレートもあちらこちらに配される。美的というか文学的というか、大正の浪漫が香る美しいダムです。


その河内ダムの堰堤をまっすぐにわたって突き当たった崖の上方に、かなりの大きさ(崖のぼりの人物と比べていただければ)の石碑があります。そこには「乾坤(けんこん)日夜浮かぶ」とあります。

これは杜甫の『岳陽楼に登る』という詩の一節で、揚子江中流の洞庭湖を前に「大空と大地が昼も夜もこの美しい湖面に浮かんでいる」と詠んだ詩句の情景を、河内貯水池になぞらえたものでしょう。
今回のお話は、実はその詩句をこの石碑に書きつけた人物のことです。
石碑には「前製鉄所長官 白仁武」という署名が見えます。八高が生まれるのが大正8年、その前年の大正7年から13年まで官営八幡製鉄所長官を務めた人物です。

そして、今度は八高の校長室です。ここに入ったことのある人は、なかなかないでしょう(よほど素晴らしい何かがあった人か、よほど悪さをやって呼ばれたか・・)。その八高の校長室には、ずっと昔からこういう額が飾られています。
右から「抑揚制宜」と読めます。意味は、強弱のバランスを、その場にふさわしい形で整えよ、という感じです。そして「白仁武 書」とあります。八高校長室には、ずっと八幡製鉄所長官の書が飾られてきたのです。
僕は、新入生に八高の歴史を語る際に、「八高」と「河内ダム」は双子みたいだよ。その親にあたるのが八幡製鉄だ、と紹介してきました。日本の近代化を担った国営の八幡製鉄所に、当時必要だったのは、製鉄に必要な水資源と、製鉄所で働く人々の子弟を教育する地元の学校。そこで大正8年に着工された河内ダムと、同年に大蔵に開校されたのが八幡中学だったという話です。


そうした縁の「八高」と「河内ダム」を今も結んでいるのが「白仁武」長官です。
記録ををめくると、白仁長官は製鉄所長官として、大正13年3月、八幡中学の第一期生の卒業式と開校式を兼ねた式で「学生に告ぐ」として祝詞を述べられています。
愛すべき八高の歴史の1ページですね。
高校27期 上掛靖良
※白仁武長官の写真はwebから借用しました。

