<八高つれづれ草子> 第19回    

上X国語翁

【 祝卒業 『海へ』 】

梅で卒業。

清田校舎では2月に入ると中庭に見事な梅が咲く。この梅の花たちが3月1日の卒業を見送ります。今年は78期生の卒業式。旧制中学時代からの通算では104回目の卒業でしょうか。

この78期生で同窓「八高卒業」生は39,000人を超え、あと数年で4万人となるようです。およその数で言うと、旧制中学時代が5,000人の卒業、高校になっての大蔵時代が13,000人、清田校舎の卒業が現在21,000人です。

卒業証書には卒業生番号が書かれていますが、今は証書もどこへやら、自分の番号など確かめようもありません。ちなみに2万を超えるのが、昭和53年に卒業した30期生くらい、平成10年50期生あたりで3万越えだったようです。

50年以上前、僕もその卒業生の一人でした。当日の記憶はぼやけています。父か母が卒業式に来ていたのかも思い出せず、いつか聞いてみようと思いながら、それも出来ずじまいになりました。まだ舗装もされず、埃っぽかったあの坂を、一人で下って行ったように覚えます。

振り返れば、その3月が、実家での生活の最後。八高卒業が、設計図未定の人生の始まりでした。皆さんもそれは同じでしょうか。

神様のいたずらか、卒業から9年後に、僕は清田の丘に舞い戻り、その後は送り出す側として長いことここで仕事をするのが人生になりました。

ある年の八高タイムズに寄せた卒業生に贈る僕の言葉はこうでした。

『海へ』

坂を上がりこの丘の上で過ごした三年という時間。その全部が「思い出」になること、それが卒業。

共有する記憶と経験は胸の中におさまり、もう変わらない、動かない宝物になった。

丘の上の私たちの母校。

しかし、ここではもう何も始まらない。

君たちは坂を下りて「海へ」出る。海は広いぞ。海は多彩だ。困難もある。だが、人生オモシロイ。みんなの航海に幸あれ。  

この三年間を君らと過ごせたことに感謝。〔了〕

令和8年。今年の卒業には、ちょっと寂しいトピックがあります。

「普通科」の最後の卒業生でした。卒業式の「普通科の課程を修了し、卒業証書を授与されるもの」という言葉も交代する時が来ました。これからは「文理共創科」です。

「普通科」だった方々、その後の人生、「普通」ですか、いかがですか?「普通科」に心より拍手と感謝。

今年、坂を下り『海へ』と出て行った卒業生の皆さんの前途に、大乾杯。

高校27期 上掛靖良