<八高つれづれ草子> 第16回
上X国語翁
【 八高の四季 雪月花のころ 】

暦も大寒、ちらほら雪もまじります。年に一度か二度、八高にも雪が積もる。「降る雪や明治は遠くなりにけり」(中村草田男)の気分で、今回は雪の八高。
大蔵時代、校舎の背中に皿倉山が迫る雪景色は格別に素晴らしかったでしょう。雪中行軍(!)やマラソン、河内の雪道の写真も残ります。



清田の方はやっぱり坂が大変です。
車が途中で登れなかったり、上からの車がカーブにぶつかったり。通勤も冷や冷やでした。でも一番タイヘンなのは地獄坂。滑った女生徒が「ギャーー」ズルズルと四つん這いで落ちて来て止まらない・・人生の小さな悲惨です。

雪がボッコリ積もった朝、少年上Xはものすごく早く登校し、誰もいない運動場へ柔道着で飛び出して、裸足で未踏の雪原グラウンドにわが足跡をつける。これ王様の楽しみ。しかしあまりの冷たさにすぐに撤退、シューズを履いて雪の中を走る、走る。「僕の前に道はない。僕の後ろに道は出來る」高村光太郎ワールドです。
3階の渡り廊下で雪だるまを作って、それを中庭のほうに落とすという悪者もいたり。


教室の窓から降りしきる雪を眺める。ひっそり雪に静まったモノクロ風景は、いつもの八高とは別のよう。やや寂しくて、綺麗で、いい感じです。
和風の美意識として「花鳥風月」とは別に、「雪月花」というのがあります。長く会えていない友人に宛てて「雪月花の時 最も君を憶(おも)ふ」と唐の白居易が詠み、平安王朝人に親しまれました。
雪景色を前にすると、しみじみとよみがえること、思い出す人があります。
高校、大学のころ。教師を始めたころの雪の日。娘たちと過ごした雪の日・・・どれもこれも不思議なほどしんみりしています。

雪の日には
「私の上に降る雪は
真綿(まわた)のようでありました」
と始まる中原中也の『生い立ちの歌』や『汚れつちまつた悲しみに』をプリントして
まだエアコンもないあの冷え切った教室で授業したこともありました。
思い出は記憶を美化する、などと言います。雪にもそんな美化作用がありそうな感じです。<八高も誠も鏡も雪の中>ということで、おそまつ。


高校27期 上掛靖良

