<八高つれづれ草子> 第2回  

                        上X国語翁 

【 渡り廊下の上の空 】

清田校舎では、3年生になると3階へ。11クラス時代など、何度かの例外はありながら概ねそうでした。3年生になると景色がいい。それだけでちょっと偉くなった気分になる。そして教室棟から特別棟へと渡る「空に抜けた渡り廊下」がいい感じでした。

この渡り廊下、雨の日はズルズルと滑ったりで、体育の授業に急ぐとき、H先生の物理に遅れそうな時などタイヘンでしたが、晴れた日は、ボサーーッと中庭を見下ろしたり、特別棟の上の空を見てたり、弁当を持ち出したり。誰かと何か語っていたことも、たぶんありました。ここは少年上Xには八高一番の場所でした。

ある時期は、文化祭でこの渡り廊下の向こうとこちらにカラーテープを張り巡らして、中庭上空をモニュメントにしたこともありました。

それよりもっと前、たぶん昭和60年前後かな、体育大会の終わりなんかに3年生中心に中庭の昇降口の屋根をステージにして、円形劇場のようにこの渡り廊下と特別棟4階テラスに集まり、大騒ぎして最後に校歌を歌ったり、という数年間もあったね。

雪の日の八高、雪の日のこの渡り廊下が好きでした。ここで雪だるまを作って下に落とす悪者もいました。

令和の校舎大改築は、建て替えとはならず、校舎内部の大リニューアルでした。でも唯一完全に建て替えとなったのが2本のこの渡り廊下です。建築基準や安全面などの事情だと思います。きちんと屋根の付いた新・渡り廊下が完成してます。

何より大切だと思うのは、特別棟側1階出入口にエレベーターが設置されたことです。車椅子利用なども可能な八高。新時代の渡り廊下に変わりました。

まあそれでも、なくなったものは愛おしいものです。

吹き抜けの渡り廊下の上の雲。

卒業する生徒を送り出すときには思いました。

グランドの向こう、皿倉山の方から来た雲が、特別棟からこの渡り廊下の上を通り、清田の丘を越えてまたずっと向こう関門の海の方へ流れて行く。雲がそっちからあっちまで流れる、たったそんな間に、3年間が過ぎてしまった。

時は流れるというお話になりました。

高校27期 上掛靖良

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