<八高つれづれ草子> 第15回
上X国語翁
【 青年は荒野をめざす 大学入試 】

年明けを相当な緊張感で迎えているのが高3受験生。八高でも追い込みと調整の時期です。まもなく「大学入試共通テスト」が行われます。
この一次試験を経験したのは昭和54年以降卒業の世代ですね。
最初は「共通一次テスト」でした。そののち平成2年から「センター試験」。令和3年から現在の「共通テスト」。この試験を皮切りに、3月末まで大学への一般入試が続きます。ここから正念場。いつの時代も受験生はタイヘンです。

入試、出願の時期によく僕の頭をかすめるのは『青年は荒野をめざす』、昭和40年代フォークの名曲タイトルです。青年たちが、全国の大学、数多くの選択肢からねらいを定め、見知らぬ場所に自分の行く先を決するために、力と勇気を振り絞って突き進む。18歳の大きな決断・試練・冒険の気分が、『青年は荒野をめざす』という言葉に重なるからでしょう。
長いこと勤めて大学入試に関する八高生の変化も感じます。
一つはここ20年ほどの感触「近頃の八高生には関東方面の大学志望者が少なくなったなあ」・・自分が八高生だった頃、周囲が何かと関東の有名私大などを目指していた印象が強かったからです。
およそのことですが、八高生の昭和40年前後と平成30年前後を比べると、例えば東京六大学への合格者(現役浪人・のべ数)は、昭和の方が毎年50人前後だったのに対して、平成終盤は卒業生数の減少はあるものの、年5人前後です。関東方面への志望者全体の数も大きく減ったと思われます。
一方でまた劇的に変化したのは、現役での国公立大学への合格率です。
昭和の40年前後はどの年も卒業数の2割弱の合格数なのに対し、平成の後半は、のべ数で6割前後が毎年国公立大学に現役合格しています。背景には少子化など時代の要因もあると思いますが、現役で国公立、は最近の八高生の旗印のようです。

「浪人」という選択肢も現在はとても少なくなりました。
八高で浪人生がたいへん多かったのは、僕が卒業した昭和50年ごろから平成初期あたりの20年間くらい。ここにも社会の状況があると思いますが、今よりはるかに多くの卒業生が浪人という「荒野」で修業した時代だと思います。

写真にはセンター試験時代の朝の様子が残されています。試験会場は九工大、北九大、九国大、北予備などなど。雪の舞う日も何度かありました。当時の八高はこの朝に「八高ファイト」をやってました。「荒野をめざす」青年たちへのエールでした。
さて今年の入試に挑むみなさんに、ここからも、八高ファイト!
高校27期 上掛靖良

